願うは一つ
 千尋はその顔に笑みを浮かべながら窓辺で一人、作業を続けていた。

 綺麗な夕陽に照らされてその白い頬が紅に染まって見える。

 こんな時間に窓辺で千尋が何をしているかといえば、それは、飾り付けだった。

 今日は7月7日。

 短冊を飾って夜空を見上げる日だ。

 先日、散歩をしている時にたまたま笹を見つけたので、それを部屋に持ち込んで窓辺に飾った。

 すると、笹だけではやっぱり物足りなくて、千尋は一人、黙々と飾り付けをすることにした。

 この世界には折り紙なんて存在しないから、とりあえずは竹を切ってそれを短冊に見立ててみた。

 形は似ているから、短冊に見えなくもない。

 短冊だけではさみしいから、花を摘んできてそれを飾り付けてみた。

 そうすると、かなり七夕らしい雰囲気が出て、千尋は一人ご満悦だ。

 短冊にはもちろん願い事を書いておいた。

 書いた願い事は色々。

 もちろん、常世だけではない、この世界全体の平和や、仲間たちの幸福を書いた短冊の数々はからからと風を受けて揺れた。

「なんだ?それは。」

 突然聞こえたその声に、千尋が驚いて振り返ってみれば、そこには怪訝そうな顔で千尋の傍らにある笹飾りを見つめるアシュヴィンの姿があった。

「仕事はもう終わり?」

「ああ、珍しくな。」

 千尋の問いにそう答えながらもアシュヴィンの目は笹飾りに釘付けだ。

 ゆっくりと優雅な足取りで千尋の隣に並んで、アシュヴィンはじっと笹飾りを上から下まで検分するように見つめた。

「で、これはなんなんだ?」

「七夕飾り。」

「タナバタカザリ?」

「ああ、えっと、今日は私が育った世界では七夕っていうお祭りの日なの。」

「祭り、か。で、これを飾るのがしきたりなのか?」

「しきたりっていうか、楽しみっていうか…。」

「ほぅ。で、この竹簡はなんなんだ?」

「それは一応、短冊、のつもりなんだけど…。」

「タンザク?」

「うん、そう。願い事を書いておくとかなうって言われているの。」

「ほぅ。」

「アシュヴィンも書いてみない?一本、とってあるんだけど…。」

 そう言って千尋が差し出した竹簡をアシュヴィンはあっさり受け取った。

「これに願い事を書けばいいのか?」

「そう。で、すぐにここに飾って。」

「今夜でなくてはならない、ということか。」

「うん、そう。」

 千尋がニコニコと答えれば、アシュヴィンはあっという間に願い事を書いて竹簡を笹につるした。

 少しは何を書くか悩むのではないかと思っていた千尋は、少なからず驚きながら手際よく笹に竹簡を飾るアシュヴィンの手元を見守った。

「なんだ?」

「へ、あ、うん、もうちょっとどんな願い事をするのか考えるかと思ったから…。」

「誰かにかなえてもらうような他力本願な願い事はそう多く持っていないからな。」

「そう、なの?」

「ああ。」

「でも、アシュヴィンなら色々ありそうだけど…。」

「たとえばなんだ?」

「え、常世が豊かになりますように、とか。」

「そんなものは俺が自分で努力して豊かにする。」

「ああ、なるほど。」

 言われてみればそれは当たり前の事だった。

 アシュヴィンは自分の国の行く末を神の手に託したりする男じゃない。

「この世界が平和になりますように、も、アシュヴィンなら自分で何とかする、よね?」

「当然だ。」

「じゃあ、どんな願い事を書いたの?」

「俺一人の手ではどうしようもないことを書いた。」

「アシュヴィンにはどうにもできないこと……そんなこと、ある?」

「ああ、ある。」

 悩む千尋にアシュヴィンはニヤリと笑って見せた。

 自分一人の手ではかなえられない願い事、それを口にしようと言うのに不敵な笑みを浮かべるとは、なんともアシュヴィンらしい。

 千尋がそんなことを考えて苦笑していると、アシュヴィンはすっと距離を縮めて千尋の肩を抱いた。

「ちょ、アシュヴィン!」

「お前の幸せばかりは俺一人の力ではどうにもならんからな。」

「え?」

「こればかりは、俺がどんなに力を尽くしても、お前が幸せになってくれなくてはな。」

 アシュヴィンの言葉に驚いて、千尋が慌てて今飾られたばかりの竹簡を確認すれば、そこには千尋の幸福を願う言葉が書き連ねられていた。

 一瞬で顔を真っ赤にしながらも、アシュヴィンの方を振り返った千尋の顔には何とも言えない幸福そうな笑みが浮かんでいた。

「こ、この願い事は叶うと思う。というか、もう叶ってるかも…。」

「ほぅ、なら、俺にはもう願い事など一つも残っていないな。」

「そうなの?」

「ああ。それより、お前は何を願ったんだ?」

「え……それは…色々?」

「色々…。」

 慌てる千尋が止める間もなく、アシュヴィンは笹につるされている竹簡を次々に眺めていく。

 『常世のみんなが幸せになれますように』

 『この世界がいつまでも平和でありますように』

 これは千尋が願う平和な未来。

 そして…

 『いつまでもアシュヴィンと仲良く一緒にいられますように』

 この一枚を見つけてアシュヴィンの口元には自然と満足気な笑みが浮かんだ。

「アシュヴィン!恥ずかしいからあんまり見ないで!」

「恥ずかしくはないだろう?妻が夫と仲睦まじく過ごすことを望んで何が恥ずかしい?」

「それはそうなんだけど……なんか、アシュヴィン、楽しそうなんだもの…。」

「それはそうだろう。妻にいつまでも共にと望まれて幸福でない夫があるものか。」

「そ、そっか…。」

「その願い事も叶うと思うぞ。」

「そう?」

「ああ、俺が保証してやる。」

 言うが早いかアシュヴィンは千尋を抱き寄せてその唇に口づけを落とした。

 あっという間の出来事で、千尋は目をぱちくりとしばたいて一瞬何が起こったのか理解できないくらいだった。

 それでも、数瞬の後には何が起こったのかを理解して、首まで真っ赤になってアシュヴィンを上目づかいに睨み付けた。

「そういうことを急にしないで…。」

「二人でいつまでも仲睦まじく共にいるために必要なことだろう?」

「そ、それは……。」

「他にも必要なことはあるがな。」

「他?」

 千尋が思わずそう聞き返すと、アシュヴィンは我が意を得たりとばかりに千尋の体を素早く横抱きに抱き上げてしまった。

「アシュヴィン?」

「夫婦二人きりの甘い時というものも必要だろう?」

「ひ、必要かもしれないけど……。」

 夕陽よりも更に顔を赤くする千尋を抱き上げたアシュヴィンは機嫌良さそうな笑みを浮かべて歩き出した。

 向かうは常世の皇夫妻の寝室だ。

 ついさっきまで千尋の顔を赤く染め上げていた夕陽はもう地平線の向こうに姿を隠していて、残光がただ空だけを赤く染めている。

 千尋を抱いたアシュヴィンが去った後、窓辺に飾られた笹飾りはゆっくりと訪れる七夕の夜をさらさらと風に葉を鳴らしながら迎えるのだった。








管理人のひとりごと

書き始めちゃったものはしかたない!
書き散らした感じですが、一応完成したのですべり込みでUPしてみます!
いつものごとく急いでいるので校正が間に合わず…
誤字脱字はご容赦を(ノД`)
今年は色々、行事ネタも取りこぼしてる気がしたので、どうしても七夕やりたかったのですよ!
皆さん、何か星空にお願いしましたか?
本当は織姫と彦星の話を千尋ちゃんにしてもらいたかったけど…書いてる余裕がなかった管理人でした(^^;













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