黒いトナカイ
「そんなに嫌な顔をしなくても…。」

 そう言って苦笑したのは風早だ。

 目の前には玉座に座り、頬杖をついて不機嫌そうに眉間にシワを寄せているアシュヴィンがいる。

 中つ国から使者が来ていると言うので、アシュヴィンが念のためにと一人で会ってみれば予想通りその使者とは風早だった。

 新妻大事のアシュヴィンとしては妻の保護者を自称してはばからないこの男が邪魔でしかたがない。

 何かといえば千尋千尋と中つ国から出てきてアシュヴィンの新妻にべたべたとするものだから、目障りなことこの上ないのだ。

 千尋も千尋で、兄弟なのか親なのかわからない接し方で親しんでいるものだから、アシュヴィンは風早をそう無下にもできない。

 そう、そんな困った小姑のような男の来訪を予感して、アシュヴィンは千尋ぬきで中つ国から来たという使者に面会したというわけだ。

「毎月のように訪問されては嫌な顔の一つもしたくなる。おかげで俺は新妻との一時を邪魔されているのだからな。」

「まぁ、それは申し訳なくは思いますが…今回は千尋には会わずに帰るので許してください。」

 苦笑しながらそう言う風早に、アシュヴィンはますます不機嫌そうな顔をした。

 千尋に会わずに帰る?この何よりも二ノ姫大事の男が?

 ろくなことがなさそうだ。

 アシュヴィンの中に嫌な予感が芽生えた。

「あれ、どうして更に機嫌が悪くなるんですか?」

「お前が千尋に会わずに帰るだと?何をたくらんでる?」

「たくらんでなんかいません。だいたい、俺はいつだって千尋の幸せを考えてるだけで、別に二人の仲を裂こうとしてるわけじゃありませんよ?」

「ならどうしてお前は来るたびに千尋の部屋にこもって、出てきたと思えば俺を軟禁して説教する?」

「それは、君が千尋を怒らせるようなことばかりするからですよ。」

「……。」

 苦笑しながらの風早の指摘はもっともで、思わずアシュヴィンは言葉に詰まってしまった。

「まぁ、今回はそういうことはありませんから。」

「で、何しにきたんだ?」

「俺は千尋にいつも幸せでいて欲しいと願っています。」

「そんなことは言われなくてもわかっている。」

「千尋にはいつも笑っていて欲しいんです。」

「…何が言いたい?」

「君も千尋のことは幸せにしたいと思っている、そう思っていいんですよね?」

 顔はいつものように穏やかに微笑んでいる、けれど……目だけは全く笑っていない真剣な目でまっすぐに見つめられて、アシュヴィンは深い溜め息をついた。

「当然だ。」

「よかった。」

 アシュヴィンの答えに満足げに微笑んだ風早は、背後からささっと何やら大きな包みを取り出した。

「なんだ?それは。」

「千尋を幸せにするための道具です。」

「は?」

「もうすぐ千尋にとってとても重要な日がやってくるので、その準備をと思ったんですよ。」

「重要な日?」

「はい。クリスマスといって、千尋が育った世界ではとても重要な日なんです。千尋は小さい時からこの日を楽しみにしていて、きっとこっちではお祝いできないと思っているでしょうから、君が祝って喜ばせて下さい。」

 ニッコリ微笑んだ風早が包みの中から取り出したのは真っ赤な衣と帽子のようなもの、それに茶色いふわふわした木の枝のようなもので…

「それを俺にどうしろというんだ?」

「着てもらいます。」

「……。」

「サンタ役はクリスマスの主役ですから、やはり今は夫の君にやってもらわないと。それとも俺に譲ってもらえるんですか?」

「誰が譲るか。」

 不機嫌そうに、それでも間髪いれずにそう言ったアシュヴィンに風早は満足げにうなずいた。

「ああ、あと、クリスマスとサンタにはトナカイがつき物なので…。」

「なんだ、そのトナカイというのは…。」

「こういう角のついている生き物なんですが、この辺にはいないので代役にこの角をつけてもらおうかと。」

「代役?」

「ちょうどいいのがいるでしょう?君を乗せて歩いている黒い…。」

「黒麒麟のことか…。」

「ええ、この作り物の角をつけるとちょうどトナカイのように見えるので。」

 風早が手にしている作り物の角とやらをながめながらアシュヴィンは深い溜め息をついた。

 そんなものを黒麒麟がはたしておとなしくつけてくれるものだろうか?

「大丈夫ですよ。黒麒麟も千尋によくなついているらしいですし、千尋のためだと話せばつけさせてくれますよ。」

 自信満々に言う風早は角を袋に片付けると、赤い衣一式を持ってアシュヴィンの方へと歩み寄った。

「何をする気だ?」

「どんなふうに身につけるかわからないでしょう?」

「……。」

 こうしてアシュヴィンは風早にサンタ衣裳を着付けられることになった。





 12月24日。

 それは千尋にとって去年までは特別な日だった。

 幼い頃はサンタさんがクリスマスプレゼントを持ってきてくれる日。

 サンタがこの世にはいなくて、その代わりに風早がプレゼントを用意してくれていたのだと知ってからは、家族みんなでご馳走を食べて祝う日だった。

 けれど、常世で迎えたこの日は当然のことながら祝う風習なんてあるわけもなくて…

 千尋は自分の部屋で一人苦笑した。

 政務で忙しいらしいアシュヴィンは夕食にも姿を見せなくて、今年はたった一人で何をすることもないクリスマスになってしまった。

 といっても、クリスマスツリーもないし、プレゼントを運んできてくれる風早もいないので、普通の一日が過ぎていっただけのことだ。

 こうなるとわかってはいたのに、一日が終わってしまうとなんだかとても寂しくて、千尋は深い溜め息をついた。

 クリスマスといえば恋人達の日というイメージもあった。

 恋人も何も、今は大好きな人が夫になってくれているのだけれど、クリスマスを祝う習慣自体がないこの世界で甘い雰囲気で過ごすことなんてできるはずもない。

 それでもただ二人で並んで座っているだけでもよかったのに…

 そう考えてしまう自分に、千尋は溜め息をつかずにはいられなかった。

 皇としてアシュヴィンは忙しいのだからわがままを言ってはいけない。

 そんなふうに千尋が自分で自分を戒めていると、窓がコンコンと叩かれる音が聞こえた。

 外はもうすっかり暗くなっている。

 しかも千尋の部屋は地上からはずいぶんと離れた高い位置にある。

 窓から侵入してくるのは黒麒麟に乗れるアシュヴィンくらいのもので…

 そこまで考えて、千尋は慌てて立ち上がると窓に駆け寄って勢いよく窓を開けた。

 するとそこには真っ赤なサンタの衣裳を身につけたアシュヴィンの姿が…

「あ、アシュヴィン?」

「めりーくりすます、でいいのか?」

「へ、あ、うん…。」

 少しだけ不機嫌そうなアシュヴィンの言葉に目をまん丸にしながらうなずいた千尋は、アシュヴィンの隣にたたずむ黒麒麟へと視線を移した。

 布と綿で作られているらしいフワフワの角と赤い鼻をつけている黒麒麟はなんだかとても愛らしくて、千尋は思わずニッコリ微笑むと黒麒麟の首に抱きついた。

「トナカイの役をやってくれてるんだね、かわいい!」

 ギュッと千尋が黒麒麟に抱きつけば、黒麒麟は満足げに千尋に鼻を擦り付けた。

「そっちか…。」

「へ?」

 急に聞こえた不機嫌そうなアシュヴィンの声に、千尋は黒麒麟の首を解放した。

 見上げればアシュヴィンが眉間にシワを寄せて黒麒麟を見下ろしている。

「こんなかっこうをさせられている俺にはねぎらいの言葉もなしか?奥方殿は。」

「えっと…それなんだけど、どうして二人でそんなかっこうしてるの?」

「どうして?だと?……決まっているだろう、風早が今日はこうする日だと俺にこの衣裳を押し付けていったからだ。」

「ああ……。」

 なるほど犯人は風早だったかと千尋は思わず納得してしまった。

 言われてみれば確かにクリスマスなんていう行事やサンタを知っているのは風早と那岐くらいのものだ。

 あとはもしかしたら柊も知っているかもしれないけれど、柊がここまでするとは思えない。

「お前が育った世界では今日はこんな格好の男が贈り物を贈ると聞いたぞ。」

「うん、それはそうなんだけど…サンタさんにもらうのは子供のうちだけかなぁ。」

「……風早のやつ……。」

 苦笑する千尋の前でアシュヴィンはあからさまに不機嫌そうだ。

 千尋としてはべつに大好きな人とクリスマスを過ごせればそれでよかったわけで、別にサンタさんからプレゼントをもらいたかったわけではない。

 そんなことは風早もわかっていたはずで、おそらくちょっとした悪戯だろうと千尋が察しているとアシュヴィンはかぶっていたボンボンつきの赤い帽子を脱ぐと溜め息をついた。

「お前がこうして欲しいだろうとあいつが言うから……。」

「うん、嬉しかったよ、有難う。」

 不機嫌そうなアシュヴィンに素直にそういって千尋が微笑むと、一瞬驚いたような顔をしたアシュヴィンはすぐに千尋の頭をポンポンと撫でた。

「お前が気に入ったのならまぁいいか。」

「うん、アシュヴィンが私のためにって考えてくれたことが嬉しいの。贈り物をサンタさんからもらうのは子供のうちだけだけど、大人になってからは恋人と一緒に祝ったりするから、アシュヴィンが来てくれただけでも嬉しい。」

「恋人とはつれないな。」

「へ?」

「俺の奥方殿はまだ恋人程度のつもりでいるわけか。」

「そ、そういう意味じゃ…。」

「お前はもう俺のものだ。俺の妃だ。」

「わかってるってば…。」

「本当か?」

 いつもと違った服装のアシュヴィンににじり寄られて、千尋は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 こちらの世界では見ない洋服を来たアシュヴィンは本当に恋人みたいでなんだか気恥ずかしい。

「そ、そうだ!せっかくだから中に入って!ゆっくりしたいし。黒麒麟も…。」

「いいや、お前の役目はもう終わりだ。」

 黒麒麟にそう言い放ったアシュヴィンは千尋をさっと横抱きに抱き上げると、さっさと窓から部屋の中へ入ってしまった。

「ちょっ、黒麒麟かわいそう。」

「あいつは自分の立場を心得ているさ。これから俺がお前に贈り物を贈ろうというのだ。邪魔などするものか。」

「へ、アシュヴィン、サンタのかっこう以外に何か用意してくれたの?」

「もちろんだ。まぁ、物ではないがな。」

「?」

 アシュヴィンからのプレゼントとはいったいなんだろうと千尋が小首を傾げると、あっという間にアシュヴィンに唇をふさがれてしまった。

 そういうことかと千尋が悟った次の瞬間…

「あ、アシュヴィン?」

 横抱きの状態でそのまま歩き出されて千尋が目をしばたかせる。

「えっと…贈り物って…。」

「決まっている。お前に忘れられない夜を。」

「え、ちょっと待っ……。」

 慌てる千尋の唇は再びアシュヴィンにふさがれて、その体はゆっくりと褥の上に下ろされた。

 そして…

 アシュヴィンの言ったとおり、常世で初めてのクリスマスは千尋にとって忘れられない一夜となった。








管理人のひとりごと

殿下にコスプレさせてみた(’’)(マテ
全ては風早父さんの陰謀!(コラ
でも、管理人が一番やりたかったのは黒麒麟のトナカイ(’’)(ぇ
そして結局プレゼントをもらったというか奪い取ったのは殿下の方(っдT)
殿下は管理人の中でそんなキャラです…
殿下もおいしい思いをしてますので!皆様もよいクリスマスを!(^^)










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