何よりも
 アシュヴィンは差し出された茶色い物体にどう反応していいのかわからずに戸惑っていた。

 リブと一緒に作ったから大丈夫だからという千尋の言葉そのものが何やら怪しげな空気を帯びている。

 大丈夫とはどういうことだ?

 大丈夫じゃない可能性があったものなのか?これは。

 そんな思いが脳裏をよぎったが、男アシュヴィンに妻から贈られたものを受け取らないという選択肢はない。

 特にそれが恋女房どころか恋焦がれて手に入れた愛妻からの贈り物となればそれがたとえ何であっても受け取る。

 だから、アシュヴィンはとりあえずその茶色い物体を受け取った。

「えっと、これは、バレンタインの贈り物なの。」

「ばれんたいん?」

「そう、私が育った世界でのお祭りみたいなもので、女性が好きな男性にチョコレートっていう甘いお菓子を贈る日なの。お菓子と一緒に手紙を渡したりして、その手紙に好きですっていう告白が書いてあったりするの。」

「ほぅ。」

「私、向こうじゃ家族にしかチョコレートあげたことなくて、一度、大好きな人にあげてみたいなって思ってて、でも、こっちにはチョコレートがないから代わりになるお菓子をリブに色々助言をもらいながら作ってみたの。」

「リブが料理の助言をしたのか?」

「ううん、料理の方はどっちかっていうと風早に意見してもらったかな。リブは料理を作るための道具を用意してくれたのと、あとは味見役。」

 なるほど、とアシュヴィンは心の中でうなずいた。

 そして一つひっかかる単語が今の千尋の言葉に含まれていたことに気付いた。

「風早が来ていたのか?」

「来てたんじゃなくて、手紙で色々相談してたの。」

「そうか。」

 自分の知らないうちにあのつかみどころのない男が訪ねてきていたのかと思うとなんとも気分が悪かったが、手紙ならまあいいだろうとアシュヴィンは一つうなずいた。

 そうなると残る問題は手の上に乗っている茶色い物体だ。

 見慣れない形をしているそれは確かに甘い香りを放っているが、その香りもアシュヴィンがかいだことのないもので、茶色い見た目がなんとも怪しげな気配を漂わせている。

「それはね、ハートっていう形なの。向こうの世界では大好きとかそういう意味のある形で、大好きな人にはその形のものを送ることが多いの。チョコレートはないから、それに似たような感じで甘く作ってみたんだけど…どっちかっていうとケーキみたいになっちゃって…。」

「つまりこれは、大好きという形をした甘い食べ物ということか?」

「うん、簡単に言うとそういうこと。一応、私が気持ちをこめて作ったっていう……。」

 千尋がそこまで言うとアシュヴィンは手に取ったチョコレートケーキらしきものにぱくりと噛み付いた。

 ふわふわとした妙な食感のそれはほのかに甘くて香ばしくて、今まで食べたことのない味ではあるが、それが特に違和感を抱かせるわけでもなく、アシュヴィンはすんなりと「うまい」と口にしていた。

「本当?」

「ああ。」

「よかったぁ。」

 ほっとしているらしい千尋の笑顔を眺めながら、アシュヴィンは見た目から受ける印象よりはかなり良い味のそれをパクパクと平らげた。

 愛しい妻の作ったものならそもそもどんなものでも食べてみせようと思っていたのだ。

 それが美味となればいくらでも入るというものだった。

「で、これは俺への贈り物で、お前の気持ちがこもってるんだったな。」

「うん、そう。」

「で、お前のそのこめた気持ちというのは俺への愛情だということだな?」

「そ、そう……。」

「ならば、確かにこういった手作りの品も悪くはないが、俺には何よりももっと欲しいものがある。」

「あ、ごめん、何かほしいものあった?」

「俺がお前の手から欲しがるものなど常に一つだが?」

「へ?」

 アシュヴィンは不敵な笑みを浮かべながらキョトンとする千尋の腕を自分の方へと引き寄せた。

 ふらりと千尋の小さな体が腕の中に舞い込むと、すぐに両腕で抱きしめて逃げ出せないように囲ってしまう。

「お前自身に決まっているだろう。」

「えっ………そ、そんなのいつもアシュヴィンのものじゃない。」

 真っ赤な顔でそんなことを言われては、アシュヴィンももう黙ってはいられない。

「本当にお前は…。」

「へ、なに?私、何かおかしいこと言った?」

「無意識だからタチが悪い。」

「何が?」

「そんなかわいいことを言うと、どうなっても知らないぞ。」

 だからなんのことかと尋ねようとした千尋の唇はあっという間にアシュヴィンの唇にふさがれた。

 長い長い口づけに、昼間から何をするのかと抗議しようとして少しだけ抵抗して…

 そして千尋は抵抗するのをやめた。

 なんと言っても今日はバレンタインデーだ。

 大好きな人と想いを通わせてこうして二人でいられるなら、少しくらいのわがままは許してあげてもいいかもしれない。

 そんな気持ちになった千尋は、うっとりとアシュヴィンの熱い口づけに目を閉じた。








管理人のひとりごと

バレンタイン企画、アシュヴィンバージョンでした!
チョコレートを知らないあの世界の人にチョコレートっぽいもの見せたら、なんじゃこりゃってなる気がしないこともないと。
でも、殿下は漢なので(笑)千尋ちゃんが作ったのなら食べるのですよ!
そして風早とリブの協力があれば、千尋ちゃん、どんな料理だってお手の物なのですよ!(笑)
まぁ、結局のところ、殿下がおいしく頂くのはかわいい嫁なんですけどね(^▽^)










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