
アシュヴィンは不機嫌そうな顔で一人、自分の部屋でむっつりと座っている。
突然、来客の予定がなくなって一日体が空いたのだ。
もちろん、体が空けばやることは一つだけで、愛しい妻と二人きりで過ごそうと思っていたのだが…
これが、弟のシャニとの予定が入っていたとかで、結局弟に妻を横取りされてしまった。
泣きそうな顔でお願いされてしまうと弟のわがままを聞いてしまう自分が悪いとは思っている。
思っているが、それでも自分をと選んでくれない妻が恨めしくもある。
だいたい、シャニは弟ながらなかなか頭も切れて武勇にも優れ、いい男だと思う。
今はまだ子供で千尋に懐いているだけかもしれないが、もう数年たてばどうなるかわからない。
きっと見目もよく、実力の伴った良い男に成長するだろう。
そうなった時を思うと、アシュヴィンの眉間にはシワが増えた。
これは今からでも千尋を取り戻しに行ったほうがいいだろうか?
そんなことまで考えてしまってアシュヴィンは頭を横に振った。
朝、千尋を取り上げられてからずっとこの調子で、休みになったとはいえ何一つすることもない。
こんなにも妻中心の生活をしていただろうかと気付いて、アシュヴィンはますます不機嫌そうになった。
これではもし万が一、妻が他の男に心を移したりして失うようなことになれば、自分はどうなるか見当もつかない。
そんなことを考えて一人で顔色を青くして、アシュヴィンは小さなうめき声さえあげた。
シャニが成長して本当に千尋を横取りしていったりしたら…
これはもう千尋を取り戻しにいくしかない。
そう決意してアシュヴィンが立ち上がったその時、部屋の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえた。
この遠慮がちなノックは間違いない。
アシュヴィンは扉の向こうに立っているであろう人物に思い当たって、飛びつくように扉へ駆け寄って力いっぱい扉を開けると、目を丸くしているその小さな体を思いっきり抱き寄せた。
「あ、アシュヴィン?」
そう、扉の向こうに立っていたのは今の今まで思いを馳せていた妻、千尋だった。
突然のことに驚きながらも書き抱かれたまま部屋の中へ招き入れられるのに抵抗はしないで、千尋はアシュヴィンの腕の中でおとなしい。
「ご、ごめんね?あの、シャニとはずっと前から約束してたから…。」
「……。」
「でもやっぱりアシュヴィンとも一緒に過ごしたいから、シャニには謝って途中で帰ってきたの。」
「……。」
「アシュヴィン?怒ってる?」
何を言っても答えてくれなくて、でも、突き放されるわけでもなくて、千尋はアシュヴィンの腕の中で戸惑っていた。
怒っているという感じではないけれど、言葉ももらえなくて…
アシュヴィンはどちらかと怒ると行動に出るタイプだ。
こんなふうに黙り込んだりはしない。
だから、今のアシュヴィンが何を思っているのかがわからなくて…
「アシュヴィン?」
「シャニにはもう渡さん。」
「へ?」
「あれは俺の弟だからな。将来きっといい男になる。」
「うん、そうだね。シャニは優しいし、面倒見もいいしね。」
「だから、もうシャニにお前は渡さん。決めた。」
「はい?」
「将来、あれがいい男になったらお前をさらっていくだろう。」
「ちょっ、そんなことないよ!」
「わからぬさ、お前が心変わりをするかもしれん。」
「しないしないっ!」
慌てて千尋が顔を上げれば、そこにはアシュヴィンの真剣な顔があって…
「わからぬだろう?実は今だって想い人の一人や二人いるかもしれん。」
「へ?ま、まさか…そんな人いるわけないじゃない…。」
何を言い出すのかと千尋が顔を赤くしてそういえば、アシュヴィンの真剣な顔は今度は不機嫌そうにゆがむ。
「わからぬだろう?風早や那岐は異世界で共に暮らしていたというしな。」
「ちょっ、あの二人は家族だからっ!それに、ほ、他に好きな人がいるっていうならアシュヴィンの方がいそうじゃない…昔は恋人がたくさんいたってシャニが言ってたし…。」
「それは昔の話だ。それに、妻にするほど惚れた女は他にいないぞ。」
「昔の話だって、でも好きな人はいたんでしょう?」
「それはいないわけないだろう。これでも俺は男だぞ。お前だって異世界にいた頃に好いた男の一人や二人はいただろう。俺はそんなこと責めてないぞ?今、心に在る男がいるのではないかと言ってるだけだ。」
「そ、それは…。」
激しく言い返されてまたケンカになるかとアシュヴィンが身構えてみれば、千尋は腕の中で真っ赤な顔でうつむいて黙り込んでいる。
アシュヴィンは小首を傾げた。
「いるのか?やはり、今心に…。」
「いないっ!いないから!アシュヴィンじゃあるまいし…。」
「だから、それは昔の話だと言っている。昔のことを引っ張り出して責めるな。俺はそんなことしたことないだろう。」
「そ、それは…だって……せ、責められるような過去なんかないもの、私…。」
「ん?」
アシュヴィンはどうも様子がおかしい千尋をじっと見つめて考え込んだ。
先ほどからの話の流れをもう一度ゆっくり脳内で繰り返して…
そしてアシュヴィンはその顔にニヤリと満足気な笑みを浮かべた。
「お前、俺が初めてか?」
「へ?」
「男に惚れたのは俺が初めてかと聞いてる。」
「……。」
見る見るうちに千尋は耳まで真っ赤になって、黙ってうつむいた。
これは間違いなく肯定している。
そうわかると急に妻への愛しさがつのって、アシュヴィンはギュッと千尋を抱きしめた。
「そうか。なるほどな。お前は俺が初めて好きになった男か。」
「な、何よ、いけない?」
「いいや、光栄だ。」
「アシュヴィンみたいにいろんな人を好きになったりなんかしないんだからっ!」
「うむ。」
「うむって……。」
急に肯定されて逆にひるんだ千尋は絶句してしまった。
まさかこんな反応をされるとは。
「恨み言を言いたいならいくらでも言えばいい。俺が初めて好いた男ならしかたあるまい。」
どこか嬉しそうにさえ聞こえる声が頭上から降ってきて、千尋は思わず視線を上げた。
するとそこには本当に嬉しそうに微笑んでいるアシュヴィンの笑顔が…
「あ、アシュヴィン?なんか凄く楽しそうなんだけど…。」
「ああ、幸せだ。惚れた女が生涯で好いた男は俺ただ一人と言っているのだからな。幸せに決まっている。」
「……なんだか…不公平…。」
「何がだ?」
「私はアシュヴィンしか好きじゃないのに、アシュヴィンには今までたくさん好きな人がいたなんてなんか不公平…寂しい…。」
急に表情を曇らせてうつむく千尋を苦笑しながらアシュヴィンは再びきつく抱きしめると、その耳元に唇を寄せた。
「何を言う。あまたの女の中でお前が一番だと言っているんじゃないか。」
「へ?」
「シャニにどれほど俺が女たらしのように吹き込まれたかは知らないが、確かに少なからず女はいた。だが、そんな女どものことなど忘れ果てるほど、今はお前一人に夢中だと言っている。」
「あ、アシュヴィン…。」
「なんだ?」
「は、恥ずかしい…。」
また耳まで赤くなる腕の中の妻に、アシュヴィンは溜め息をついた。
「本心を言えば言ったで恥ずかしいというし、言わなければそれで文句を言う。いったいお前は俺にどうしてほしいんだ?」
「だ、だってそんな恥ずかしいこと言わなくたって…。」
「言わなければ伝わらないだろう?」
「それはそうだけど…。」
そう言って千尋がうつむいていると、アシュヴィンはニヤリと笑って無理やり千尋を上向かせると千尋が何事かと驚いている間にその唇を奪った。
何をされたのかに気付いて千尋が腕の中でもがき初めて、アシュヴィンはようやく千尋の唇を解放した。
「アシュヴィン!いきなり何するの!」
「言葉で伝えれば恥ずかしいと言うし、伝えなければ伝わらないと文句を言うだろう。だから行動で伝えた。」
「こ、これが一番恥ずかしいからっ!」
「なんだ、嫌だったのか?」
「…それは……その…いや、では……。」
そう言ってうつむく千尋にもう一度軽く口づけて、アシュヴィンはさっと千尋を横抱きに抱き上げた。
「ちょっ!アシュヴィン!」
「今度はなんだ。」
「なんだじゃない!急に何するの!」
「口づけて抱き上げだだけだ。」
「だけだって…。」
「午前中は自由にさせてやったのだこれからは俺の自由にさせろ。」
「自由にって…何するの?」
「そうだな。人払いをして、ここに二人きりでいられればあとはなんでもいい。」
「アシュヴィン…。」
アシュヴィンが本音を口に出してみれば、千尋の顔には嬉しそうな笑みが浮かんで…
千尋を抱き上げたまま、アシュヴィンは暖かい陽射しの射し込む窓辺へと移動した。
そしてそこに千尋を抱いたまま座れば、とても気持ちがいい。
「お前は俺のことを昔は女が大勢いたといって拗ねるが、俺も初めて惚れた女はお前みたいなものだからな。」
「はい?」
「本気で惚れた女はお前が初めてだと言ってるんだ。だから、あまり気にするな。」
「アシュヴィン…うん、私もアシュヴィンが初恋の人だからね。」
「ああ。」
二人はそう言って微笑みを交わすとそれ以上何も言わずにだまって午後の一時を楽しんだ。
窓辺に座る中睦まじい皇夫妻を官人達はそっと優しく見守るのだった。
管理人のひとりごと
いや、もう絶対シャニは狙ってるから(爆)
そんな管理人の妄想がアシュに伝わって警戒された結果がこれ(’’)(マテ
で、皇子として寄って来た女をあしらっていた時とは千尋ちゃんは違うのよってことです。
最初は敵同士で顔をあわせてますからねぇ。
なのに一目惚れだもんねぇ、アシュ(^−^)
ということでお互いに初恋みたいなものですよってな結果に。
管理人的には千尋ちゃんは風早が初恋の相手だといいと内心思ってる気はしますが(’’)(コラ
今回はアシュ創作なので、あくまでもアシュ主役!(爆)
いや、アシュも好きですよ、誤解なきように宣言しておきます(^^;
それにしても殿下は自発的に甘くなってくれるので助かります…
いいキャラだぁ(’’)(コラ
プラウザを閉じておもどりください