色とりどり
「白だな…いや、青か…。」

 アシュヴィンは一人、色とりどりの布の切れ端を並べて腕を組んで眺めている。

 どんな仕事をしている時よりも真剣な顔で布を睨みつけている姿は恐ろしいほどだ。

「や、陛下、何をなさってるんです?」

「リブか……ちょうどいいところに来た、お前の意見も聞いてやる。」

「はぁ…で、何を悩んでおいでです?」

「千尋に着せる服の色だ。」

「はい?」

 アシュヴィンにいれたてのお茶を差し出しながらリブは思わず動きを止めた。

 何を真剣に悩んでいるかと思えばこの皇は…

「姫様の服の色で悩んでおいでで?」

「ああ、花嫁衣裳の白はかなり似合っていた。あれはよかった。白がいいと思ったが、あれは青も似合うのを思い出した。金の髪によく映える。」

「はぁ…。」

「緑も悪くない。あれは瞳が碧いからな、緑もいいだろう…お前は何色が似合うと思う?」

「や、私はそうですね…赤なども案外…。」

 リブはそう言って苦笑する。

 結局のところ、何を着たって似合う美しいと言うに決まっているとわかっているのに答えなくてはならないとは。

「……赤はやめよう…。」

 それは私が似合うと言ったからですか?

 と心の中でつぶやきながらリブは苦笑を深くする。

 ここをつっこんで更に激しく妬かれてはたまらない。

「白か青だな、やはり。」

「また、急にどうなさったんです?姫の服の色など…。」

「ああ、常世に属する小国の連中がな、俺の常世平定を祝うために使節団を組織してわざわざ挨拶にくるらしくてな。」

「そんな話、ありましたね、そういえば。」

「そこで、千尋を俺の妃として紹介してやろうと思っているんだが…。」

「ああ、その時の衣装ですか。」

「そういうことだ…青か、白か……。」

 リブの質問に適当に答えて、アシュヴィンは再び考え込む。

 どうやら使節団への挨拶や、使節団が何を言うかよりも妻の衣装の方が重大問題らしいアシュヴィンにリブの苦笑は深まるばかりだ。

「陛下。」

「ん?」

「姫様に選んで頂くというのは…。」

「おっ!」

「はい?」

「それだ!」

 アシュヴィンはニッと笑うといきなり立ち上がり、白と青の布の切れ端を取り上げるとそのまま部屋を飛び出していった。

 これはまたしばらく戻ってきてはもらえないだろうと覚悟を決めて、リブは辺りに散らかっている竹簡を拾い上げて溜め息をつく。

 アシュヴィンの幸せな妻との一時をなるべく長くするために、その仕事を手伝うのは自分の役目だろうと自覚しているリブは苦笑しながらも黙々と竹簡に目を通し始めるのだった。





 千尋は部屋で仕事をしていた。

 平定された常世に対して挨拶する場合、その書簡は皇だけに届けられるわけではない。

 常世の新たな皇は妻にぞっこんらしいという噂はあっという間に各国へ広がっていて、それを皇本人も全く否定しないものだから、各国から千尋に届けられる書簡も多いのだ。

 つまり、気難しい皇よりも心優しい妃を味方につけてとりなしてもらおうということらしい。

 もちろん、千尋もそういった各国の思惑がわかっているから当たり障りのない返事を返すだけなのだが、その数が膨大なために毎日そういった仕事に追われている。

 今日も朝からずっとそんな仕事をしているところに、いきなりアシュヴィンが現れて、千尋は目を丸くした。

 自分よりもずっと忙しいはずのアシュヴィンがいきなり訪ねてきたとなれば、何か一大事があったのかと思ったからだ。

「アシュヴィン、何かあったの?」

「どっちがいい?」

「へ?」

 どんな一大事が起きたのかと身構えた千尋の前にアシュヴィンは二枚の布の切れ端を並べた。

 千尋の頭の中が一瞬、真っ白になる。

「何?これがどうかしたの?」

「どちらの色がいいか聞いているんだ。」

「どっちの色って…何が?」

「どちらの色の服を着たい?」

「服?」

 千尋は二枚の布の切れ端とアシュヴィンとを何度も見比べて小首を傾げた。

「なんの話?」

「今度、辺境諸国から使節団が来ると言っただろう。」

「ああ、うん、言ってたね。」

「今回はお前をこの常世の皇の妃として紹介しようと思っている。だから、どちらの色の服を着て皆の前に立ちたいかと聞いているんだ。」

「へぇ…って、え?私もみんなに紹介されるの?」

「そうだと言っているだろう。」

「…そっちの話を先にしてよ…。」

 千尋は「はぁ」と深く溜め息をついて二枚の布を見比べた。

 白は本当に真っ白で驚くほど綺麗な白だし、青は深い藍色でこれもとても綺麗だ。

 どちらも綺麗で千尋は真剣に悩み始めた。

「どっちも綺麗だけど…ん〜…。」

「白い花嫁衣裳は美しかった。」

「へ?な、何、突然。」

「もう一度お前が白い衣装を身にまとっているところを見たいとも思うが…青も捨てがたいのだ。」

 そう言ってすっと顔を近づけられて、千尋の視界はアシュヴィンでいっぱいになった。

 男らしく整った顔をめいっぱい近づけられて千尋の顔が真っ赤に染まる。

「ちょ、アシュヴィン、近い…。」

「金の髪は白も青も映えそうだしな、どちらがいい?」

 そう言ってアシュヴィンに髪をすくわれて、そこに軽く口づけされてとうとう千尋は耐えられなくなって立ち上がると一歩身を引いた。

 すると、あからさまにアシュヴィンの機嫌が悪くなる。

「ど、どっちでもいいよ、アシュヴィンの好きな方で。」

「どちらでもいいのか?」

「うん、どっちも綺麗な色だし、アシュヴィンがかわいいと思う方でいいよ。私もその方がいいし。」

「ほぅ。」

 ついさっき機嫌を悪くしたアシュヴィンはもうどこか上機嫌になっていて、千尋が小首を傾げる。

 さて、自分はこの人の機嫌をよくするようなことを言っただろうか?

「俺に好まれる方がいいとは殊勝だな。」

「そ、そりゃ…やっぱり、アシュヴィンにはかわいいって思われたいし…。」

 千尋が赤くなってそう答えればアシュヴィンはますます上機嫌だ。

「心配するな。お前はいつだって美しい。」

 そう言ってさっと千尋に身を寄せて、アシュヴィンは逃げようとする千尋を腕の中に閉じ込めた。

「アシュヴィン!」

「白だな。」

「へ?」

 ギュッと抱きしめられて髪に頬ずりされて、千尋は真っ赤になりながら小首を傾げる。

「やはり白にしよう。白の衣装で青の髪飾りだ。それがいい。」

「あ、ああ、衣装の話ね。」

「ああ…。」

 千尋の耳元で低い声でそう囁いたきり、アシュヴィンは黙り込んでしまった。

 ただ、その大きな手は優しく千尋の髪をなで続けている。

 千尋は少しずつ落ち着きを取り戻して、やっとアシュヴィンの優しい手にうっとりし始めた頃、アシュヴィンがさっと千尋の体から離れた。

「アシュヴィン?」

「色が決まったからな、さっそく仕立てさせよう。」

「へ。」

 一人でそう納得して出て行こうとするアシュヴィンを千尋はギロリと睨んだ。

 最後にもう一度妻の姿を目に焼き付けようとして振り返ったアシュヴィンがそんな千尋の顔に目を丸くする。

「どうした?」

「どうした?じゃない!アシュヴィンは空気読まなすぎ!」

「ん?」

「もういいっ!」

 ふいっとアシュヴィンに背中を見せてすっかり拒絶の姿勢を見せる千尋。

 そんな千尋の小さな背中を見つめて考え込んで、何かに思い当たってアシュヴィンはニヤリと笑うとすぐに千尋の側へと歩み寄る。

「千尋。」

「今更遅い!」

 千尋がすっかり拗ねていることなどおかまいなしで、アシュヴィンは千尋を後ろからギュッと抱きしめると耳元に唇を寄せた。

「そう拗ねるな。お前の言いたいことはわかった。」

「ほ、本当に?」

 耳元で聞こえる艶のある声にドキリとして千尋が振り返ってみれば、そこには優しく微笑むアシュヴィンがいた。

「うむ、すぐにお前も一緒に来い。」

「はい?」

「採寸せねばなるまい。」

「……。」

 千尋の腕を引いて先をいくアシュヴィンに千尋はすぐあきれたような表情を浮かべた。

「わかってないじゃない。」

「わかっている。採寸の間もずっと側にいてやるし、採寸が終わったらもっと側にいてやる。」

「そ、そんなことしてほしいなんて思ってない!」

「遠慮はするな。」

「遠慮じゃないってばっ!」

 千尋の必死の抵抗のおかげで、新しい衣装を作るための採寸は采女達と千尋だけで素早く行われたが、そのあと千尋は本当にべったりとアシュヴィンに張り付かれて過ごすことになった。

 髪をなでたり抱きしめたり、近くでじっと見つめたり。

 アシュヴィンはもうやりたい放題なのだが、それがあんまり嬉しそうで千尋には抵抗できなくて…

 そんなアシュヴィンはというと、千尋が白い衣をまとい髪に青い髪飾りをつけて人前に立つ姿を始終想像して顔をにやつかせるのだった。








管理人のひとりごと

基本的にここはバカップルというか(笑)仲良し夫婦でいてほしい(^−^)
アシュヴィン殿下はああ見えて一応皇子様育ちだし、着る物とかけっこうセンスがよさそうです。
そして大好きな千尋ちゃんのためなら本気で選びそうです(’’)
千尋ちゃんはかわいいから色々管理人も色々着せ替えたいです(w

そしてリブが貧乏くじなのはもはや仕様です(’’)




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