
千尋は部屋の片隅に座ってアシュヴィンの姿を眺めていた。
視線の先にいるアシュヴィンはというと、何やら部下を相手に指示を出しているようだ。
さっきまで久々の休みを千尋と二人で堪能して、リブのいれてくれたおいしいお茶を飲んでいた。
そんな平和で静かな一時は乱入してきたアシュヴィンの部下のために破られた。
どうやらアシュヴィンの指示を今すぐ欲しているらしい部下はアシュヴィンの殺すぞ?と言わんばかりの視線にも負けずに粘った。
結果、千尋が話を聞いてあげてほしいと懇願して今に至る。
なんだかんだ言いながら千尋に頼まれれば嫌とは言えないアシュヴィンは、苦虫を1ダースほども噛み潰したような顔で部下に指示を出していた。
「そんなことまでいちいち俺に聞かなければ判断できんのか?」
「も、申し訳ありません…。」
「もういい、今言った通りに処理しろ。細部で疑問が出たらあとはリブに聞け。」
「承知致しました。」
半分呆れたようなアシュヴィンの指示を聞いて深々と一礼した男は、顔色を青くして部屋から出て行った。
扉が閉まるのと同時にアシュヴィンが深いため息をつき、千尋の方へと戻ってくる。
千尋はそんなアシュヴィンを笑顔で迎えた。
「お疲れ様。」
「まったくだ。お前が聞いてやれなどと言うからだぞ。」
「だって、アシュヴィンの指示がないと何も始まらないんでしょう?だったら指示を出してあげないと。」
「あのな、俺はここまで十分に指示を出してきたし、その指示を出しまくった結果、今日やっとの思いで休暇をとったんだが?」
「それはわかるけど…。」
「やっと作ったお前との時間を邪魔されて俺はかなり機嫌が悪い。だが、お前はそうでもないらしいな?」
ぐいっと顔を近づけられて千尋の顔は一気に赤くなった。
「ち、近い!」
「お前は俺と二人の時間を邪魔されて特に問題はないのか?」
「へ…問題があるかないかと言われれば、問題って言うほどのことはないような…。」
「ほぅ…。」
間近にあるアシュヴィンの顔がみるみるうちに不機嫌そうに歪む。
千尋は思わず少し身を引いた。
するとその隙を素早くアシュヴィンが埋める。
「あ、アシュヴィン…。」
「どうもお前は俺などいなくともずいぶんと毎日を楽しく過ごしているらしいな。」
「そんなことないよ。アシュヴィンに会えない日は寂しいに決まってるじゃない。」
「本当か?」
疑う目を向けられて千尋はため息をついた。
自分だって仕事をしている間は妻のことなど忘れているに違いないのに、自分と離れている間は寂しがっていてもらいたいなんてわがままだと思う。
「アシュヴィンは本当、いろんな意味で王子様だね。」
「はぁ?」
「すごーく自分勝手で我儘なところとか、小さい時から王族として特別扱いされたんだろうなぁって思う。」
「お前な…。」
アシュヴィンのそれでなくても機嫌が悪そうだった顔が見る見るうちに不機嫌さを増していく。
それを見ながらも千鶴はクスッと笑みを漏らした。
「でも、さっきみたいに部下にてきぱき指示を出してるところなんか見てると、すごく立派な王族だなとも思うよ。」
「ほぅ、それだけか?」
今度はアシュヴィンがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
褒められても素直に喜ばずにもっとないのかと言う辺り、実にアシュヴィンらしいといえばアシュヴィンらしい。
千尋はうーんっとわざとらしく考えて見せてからにっこり微笑んだ。
「剣を持って戦うアシュヴィンも素敵だし、危ない時はちゃんと私のことを助けてくれる頼もしい人だなとも思ってる。アシュヴィンはちゃんと私の白馬の王子様だよ。」
「白馬の王子?」
聞いたことのない表現にアシュヴィンが訝しむように目を細めた。
千尋はそういえばこの人にはこの表現は伝わらないのかと気づいて笑みを深くする。
「あのね、私が育った向こうの世界では自分を幸せにしてくれる素敵な男性のことを白馬に乗った王子様って言うの。」
「何故、白馬に乗っているんだ?」
「ん〜、何故って突っ込まれると正確に説明できる自信はないんだけど…たぶん、小さい子供に聞かせるお話とかで、悪い人につかまっているお姫様を助けに来る王子様が白馬に乗ってるってことが多いから、かなぁ…。」
一応説明してみたものの、千尋も本当にそれが根拠なのかどうかは自信がない。
だいたい、子供の頃そんな話を聞いたことがあるかと言われれば聞いたことがあるかどうかも分からない。
千尋が小首を傾げながら自分の記憶をたどっている間に、アシュヴィンはその顔に困惑の色を浮かべた。
「千尋。」
「なに?」
「それは白馬でなくてはならんのか?」
「へ?」
「だから、馬は白くなくてはダメなのか?」
「どうだろう……って、なんでそんなこと聞くの?」
「黒い馬なら俺も持っているからな。」
「はい?」
思わず千尋は間の抜けた声をあげてしまった。
一瞬、何を言われたのかがわからなかったが、よくよく考えてその脳裏に黒麒麟の姿を浮かべてなるほどと思い直す。
つまりアシュヴィンは白馬は持っていないが、黒い麒麟なら持っているから千尋の王子様ということで認めろと言いたいらしい。
「黒い馬って…黒い麒麟でしょ?」
「馬より使えるぞ。空を駆けるしな。黒い麒麟に乗った王子ではダメなのか?」
「アシュヴィンは王子じゃなくて皇でしょ。」
「それはそうだが…元皇子だ。」
ムキになって言いつのるアシュヴィンに、千尋はとうとう声をあげて笑ってしまった。
当然のようにアシュヴィンの顔が不機嫌に歪み始める。
「お前は俺と言う夫がありながら白馬の王子とやらにご執心なのか?」
「なんでそうなるの?私の白馬の王子様はアシュヴィンに決まってるじゃない。」
「だから、白馬を持っていないと言っている。」
「だから、それはもののたとえ。自分のことを守ってくれる素敵な人のことをそう言うっていうだけ。」
「つまり、お前が執心している白馬の王子とやらは俺だということでいいのか?」
「さっきからそう言ってるの。アシュヴィンはなんといっても本物の王子様だったんだしなぁってちょっと考えてただけ。」
あきれたようにそう言って千尋が小さくため息をつくと、その視界が急に暗くなった。
アシュヴィンに抱きしめられたのだと気付いて視線を上げれば、そこには満足そうな笑みを浮かべる夫の顔があった。
「アシュヴィンって現金だね。」
「妻に素敵と言われて喜ばない男であってほしいのか?お前は。」
「そういうわけじゃないけど…。」
千尋が言いよどんでいる間に、アシュヴィンは流れるような動きでその顔を近づけてきた。
その瞳は優しく微笑んでいて幸せそうで…
千尋はああ、これからきっと凄く優しい口づけがもらえるのだろうと目を閉じる。
そしてアシュヴィンの呼吸を千尋が唇で感じたその時、二人の耳にいつもよりも一際大きく聞こえるノックの音が届いた。
アシュヴィンの動きが一瞬にして止まり、慌てて開いた千尋の瞳に怒りと呆れが入り混じったアシュヴィンの顔が映る。
「アシュヴィン。」
「……。」
「きっと急いでるからちゃんと相手してあげて。」
「……。」
「アシュヴィンってば。」
おそらくはまた若い皇の指示を部下が仰ぎにきたのだろうと予想して千尋はなだめるようにアシュヴィンに声をかけた。
けれど、アシュヴィンは無反応。
果てしなく不機嫌そうな顔で千尋の肩をつかんだまま微動だにしない。
きっとアシュヴィンに指示をもらえなければ扉の向こうの部下が困るに違いないとわかっている千尋はなんとかアシュヴィンをそちらへ行かせようと、その腕にそっと手を乗せた。
「アシュヴィン、きっとすぐ…。」
「断る。」
「へ?」
「今度ばかりはいくらお前の頼みでも断る。」
「えっと…。」
今度ばかりはアシュヴィンの決意が固いらしいと悟って千尋はすぐにどうやってアシュヴィンを説得しようかと思案を巡らせ始めた。
説得する言葉はすぐには見つからなくて、千尋が深く考え込もうとしたその時、視界が真っ暗になって唇に熱が押し当てられた。
口づけられたのだと千尋が気付いたのは一瞬の後。
すっとアシュヴィンの顔が一度離れた隙に千尋は思い切り不機嫌な顔をして見せて、文句を言おうとして……それはかなわなかった。
何故なら、うっとりと幸せそうな顔のアシュヴィンが目の前にいたから。
そして…
「愛している。」
整った唇から紡がれたその一言に千尋は一瞬で顔を真っ赤にするハメになったからだ。
アシュヴィンが放った一言の威力は絶大で、千尋はあっという間に首まで真っ赤になると今まで言おうとしていた文句など頭から吹き飛んで、一人でもじもじとし始めた。
すると、そんな千尋を一度優しく抱きしめて、アシュヴィンはその唇を千尋の小さな愛らしい耳元へと寄せた。
「待っていろ、すぐ済ませてくる。」
低い囁きに千尋が目を丸くしている間に、アシュヴィンは扉の方へと歩き出す。
その広い背中を見送りながら、千尋の口元には微笑が浮かんでいた。
どうやら自分の白馬の王子様は少しだけわがままで強引だけれど、本当に立派で優しくて頼りがいのある素敵な王子様なんだなと千尋は心の中でつぶやいていた。
管理人のひとりごと
白馬の王子様ならぬ黒麒麟の王子様だなと管理人が思っちゃったというお話(笑)
もう一人は白い麒麟そのものだしな(’’)
せっかく王子様だったのに黒い麒麟かぁ、乗ってるのって管理人はちょっと思っちゃったわけです。
で、そういうものに千尋ちゃんが憧れていたなんて知った日にはもう、殿下はそれになるために必死ですよ(笑)
必死って言うか強引だろうなと…
千尋ちゃん同様わかってないんですけど、なんで白馬の王子様って言うんだろうね?(マテ
アンソニーのせいですか?←わからない人多数いると思われ
あ、管理人はアンソニーをリアルタイムで見ていた年代ではありませんよ!あしからず(’’)
確か声が井上さんだったんですよね?←知らないって
などなど、管理人の頭の中で様々なものが渦巻きながら書いた一本でした(’’;
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