視線の先
 千尋は小首をかしげて正面に座っているアシュヴィンを見つめた。

 そのアシュヴィンの視線はさきほどからずっと千尋に張り付いて離れない。

 珍しく同じ時間に食事がとれるからと二人で食卓をはさんでみたのだが、アシュヴィンは食事も上の空の様子でずっと千尋を見つめ続けていた。

 片肘をついて千尋を見つめ続けるアシュヴィンは、機嫌も良さそうだし、別に何か問題を抱えている様子でもない。

 話したいことを話せずにいるというわけでもなさそうで、千尋はどうして食事もそこそこに自分がこんなにアシュヴィンに凝視されているのかさっぱりわけがわからなかった。

「アシュヴィン。」

「なんだ?」

「さっきからどうしてそんなに私のことを見てるの?」

 小首をかしげて千尋がまっすぐ尋ねてみれば、アシュヴィンは一瞬ハッとした表情を浮かべてからすぐにその表情を元に戻した。

「別に、愛しい女の顔を見つめているだけだが?」

 ニヤリと笑ってそう言われては千尋は顔を真っ赤にするだけで、それ以上何も言うことができない。

 実際、アシュヴィンが他に自分を凝視しなくてはならない理由も見当たらないのだから。

 結局のところ、千尋は黙って穴が開くほどアシュヴィンに凝視されながら夕食を終えた。

 千尋を見つめ続けていたアシュヴィンはというと、夕食をほとんどとることができず、執務しながら食べるとかで手軽なものを作るように采女に申し渡すとさっさと執務室へ下がっていってしまった。

 熱い視線から解放されたのはいいものの、千尋はどうしてもアシュヴィンの様子が気になってなかなか自室へ戻ることができなかった。

 ご飯を食べるのも忘れて自分を見つめている夫というのはどういうものだろうか…

 千尋が顔を赤くして考えこんでいると、そこへリブがやってきた。

「や、まだここにおいででしたか。」

「どうかしたの?」

「いえ、陛下が今日は仕事が遅くまで終わらないので先に寝ていてくれと伝えて来いとおっしゃってまして。」

「そうなんだ…忙しいんだね。」

「陛下にもほどほどにして頂くように申し上げておきます。」

「うん、お願い……ね、リブ。」

「はい?」

「最近、アシュヴィンが私のことを何も言わずにじーっと見つめていることがあるんだけど…。」

「はぁ。」

「どうしてなのか理由、わからない?」

「や、直接お聞きにならなかったので?」

「聞いてみたんだけど…その……好きな女を見つめて何が悪いみたいなことしか言ってもらえなくて…。」

「では、そういうことでは…。」

「そ、そうかなぁ……なんかいつもよりもの凄く見られてる気がするの…何か考えてるような気もするし……。」

 千尋はそう言って深い溜め息をついた。

「その……誰か他に綺麗な女の人と出会いがあって、それでその人を思い浮かべて私と比べてる、とか、そんなこと、ない、かな?」

 そういいながら千尋が上目遣いにリブの様子をうかがうと、リブはキョトンとした顔で驚いてからクスクスと笑い始めた。

「り、リブったら!笑い事じゃなくて!」

「や、これは失礼を…ですが、陛下に限ってそれは……ああ、あるかもしれませんが…。」

「でしょう!」

「いえ、その場合、ご自分の奥方の方がなんと美しいかと見惚れておいでに違いありませんので。」

「そ、そんなことないってば!」

「ああ、私は陛下にお茶をいれなくてはなりませんので、これで。とにかく、陛下に限って他の女性を想っていることなど絶対にありませんのでご安心を。」

 それだけ言うとリブはさっさと出て行ってしまった。

 そうなってはもう千尋もここに一人でいる意味もなくて、自分の部屋へ向かってとぼとぼと歩き始めた。

 リブはあんなふうに言っていたけれど、アシュヴィンは皇なのだし、綺麗な女の人に言い寄られて自分と比べてるってことだってあるかもしれない。

 そう思い始めると、不安な気持ちは膨らんで…

 千尋は重い足取りで自分の部屋へと向かった。





「アシュヴィン?」

 千尋はどうしても眠ることができずに、自分の部屋の寝台の上に座っていた。

 小さな灯り一つで静かにアシュヴィンの視線について考え続けていたのだけれど、真夜中になって扉が静かに開いてすぐに振り返った。

 すると、そこには見間違うはずもないアシュヴィンが立っていて、小さな灯りに照らされたアシュヴィンはすぐに千尋の隣に腰を下ろした。

「どうしたの?こんな時間に。」

「どうしたとはこっちのセリフだ。」

「へ?」

「お前、夕食の後、リブと何やら話し込んでいたらしいな。」

「ああ…ええ、少しだけ…。」

 答える千尋の声はだんだん小さくなって…

 その視線はアシュヴィンから床へと沈んでいった。

「なんの話だ?」

「へ?」

「だから、リブとどんな話をしていたのかと聞いている。」

 慌てて千尋が視線を上げればアシュヴィンが不機嫌そうに顔をしかめている。

 千尋にはアシュヴィンの機嫌を損ねることをした記憶がない。

「なんの話って……。」

 アシュヴィンが浮気をしているんじゃないかとリブに聞いていたなんてことを本人にいえるわけもなく…

 千尋が思わず言葉につまると、みるみるうちにアシュヴィンの顔はどんどん不機嫌そうになっていった。

「ずいぶんと楽しげに話していたらしいじゃないか。」

「へ?リブと?」

「そう、采女が言っていたぞ。」

「楽しそう、だった、かなぁ……。」

 千尋が思い出してみれば、真剣だった千尋に対して確かにリブは声をあげて笑っていた。

 それが采女には楽しそうに会話を交わしているように見えたのだろう。

 そう気付いて千尋はクスッと笑みを漏らした。

「確かにリブは楽しそうにしてたかもしれないけれど、私は…。」

「夫がいぬ間にその腹心と楽しく会話を交わすのか?俺の后殿は。」

「え?」

 アシュヴィンは眉間にシワさえ寄せて本気で怒っている様子だ。

 そのままずいっと千尋の方へ顔を寄せると、まっすぐ千尋を睨みつけた。

 何がなんだかわからない千尋は自分がわけのわからないことで責められているらしいと気付いて、その顔をしかめた。

「何を言ってるの?」

「俺の后殿は夫が見ていないところで夫の腹心と逢引をしているのかと聞いてるんだ。」

「は?」

 逢引?

 千尋は心の中でそう繰り返してキョトンとしてから、きりりとその顔に怒りの色をあらわにした。

 どうしてリブ相手にちょっと相談をしただけでそんな責められ方をしなくてはならないのか。

「バカなこと言わないで!私はリブにアシュヴィンのことを相談してただけ!」

「俺のこと?」

「そう、アシュヴィンがずっと私のことを意味深に見つめてるから……。」

「見つめているから?」

「その……他に好きな子でもできて私と比べてるのかなとか……。」

「はぁ?」

「…ちょっとだけ心配だったから、リブにどう思うか聞いてただけで……。」

 だんだん声が小さくなっていく千尋をまじまじと見つめて、アシュヴィンはほっと小さく溜め息をついた。

「まったくお前は…。」

「お前はじゃなくて!アシュヴィンが変なふうに私をじっと見つめてるんだもの、気になるに決まってるでしょ!」

「だからって、俺がお前と誰かを比べたりするわけないだろう……いや、たとえ比べたとしてもだ、お前の方がどんなにか美しいと感動しているに決まっているだろう。」

「そ、そんなことわからないじゃない!」

「相変わらずお前は自分の美しさがわかっていないんだな。」

 そう言ってアシュヴィンが楽しそうに微笑むと、千尋は顔を真っ赤にしてきりっと目尻を上げた。

「笑い事じゃないんだから!」

 大声で叫ばれてアシュヴィンははっと笑みをおさめた。

 これはどうやら怒ると扱いが難しくなる新妻を本気で怒らせてしまったらしいと気付いたからだ。

 これまでもアシュヴィンはこの愛しい妻を本気で怒らせて、何度か恐ろしい目にあっている。

 だから、アシュヴィンは慌てて笑みをおさめて、怒りに満ちた妻に神妙に頭を下げて見せた。

「ごめん、俺が悪かった。」

「いつもそればっかり。絶対反省してないんだから。」

「そんなことはないさ。反省してる。機嫌を直してはくれないか?」

「……。」

 じっと自分を見つめるアシュヴィンを見つめ返すことしばし。

 千尋は少し考え込むようなそぶりを見せてから口を開いた。

「じゃあ、私と誰かを比べていたのでないなら、どうして私をずっと見つめていたのか本当の理由を教えて。」

「それは……お前が愛らしいと見惚れていたというのもあながち嘘ではないんだが…。」

「嘘!」

「嘘じゃないさ。まぁ、見惚れていただけでなく、色々想像していただけだ。」

「想像?」

 ここで千尋の顔から怒りの色が消えた。

 自分を見つめていったい何を想像するというのか?という疑問の方が先に立ったからだ。

「お前の花嫁衣裳姿はとても美しかった。本当なら毎日でもあの服を着せて美しいお前を愛でたいところだが、花嫁衣裳というのは特別なものだからな。毎日着せるのはいただけん。」

「あ、当たり前でしょ!」

「なら、どんな衣裳で飾ってやろうかと想像していた。」

「へ?」

「青、赤、お前はどんな色でも似合うから、何か口実を作って着飾らせて、だが、美しい妻には悪い虫がついても困るのでな、どうやったら俺一人で愛でていられるかと…。」

「そ、そんなこと考えてたの!?」

「だから、他の誰かと比べたりなどしていないと言っただろう?」

「……。」

 確かに比べられていたのでも浮気をされていたのでもないけれど、今の告白はそれはそれで千尋にとっては恥ずかしい事実だ。

 千尋は顔を真っ赤にすると、自分の膝を抱えてうつむいた。

「私はそんなに綺麗じゃないってば…。」

「美しいさ。俺が言っているんだ、間違いな……。」

 途中でアシュヴィンが言いよどむものだから、思わず心配になった千尋が視線を上げると、そこには何か思いついたらしくニヤニヤと笑っているアシュヴィンがいた。

「アシュヴィン?」

「決めた。」

「何を?」

「美しい寝巻きを作らせよう。」

「はい?」

「寝巻きなら俺と采女くらいしか見ることはないからな。どんなに美しく着飾っても悪い虫がつくことはあるまい。」

「な、何言って…。」

「まぁ、お前は今のままでもじゅうぶん美しいがな。」

 そういったアシュヴィンは抗議しようとする千尋の唇を優しい口づけでふさいでしまった。

 長い長い口づけで自分が怒っていたことも、アシュヴィンのたくらみのことも忘れた千尋は、そのままアシュヴィンの腕の中で幸せな一時を過ごすことになった。








管理人のひとりごと

そして、気がつけば毎日違う寝巻きで飾り立てられる千尋ちゃんの図(’’)
いいかげんぶちきれた千尋ちゃんにまた部屋にこもられて殿下たじたじ(w
そんな感じかな(’’)←何が?
殿下が新妻見つめてる時なんてかわいい!とかかわいい!とかかわいい!とか…
美しい!とか美しい!とかいただきたい!とか(マテ
そんな時しかないに決まってます(’’)
でもそういうふうには絶対思わないのが千尋ちゃんだと思います。









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