
「続きだ、千尋。」
「なに?」
いきなり部屋へドタドタと足音も高らかにやってきたアシュヴィンに千尋は大きく目を見開いた。
真剣な顔で何を言っているのか全くわからない。
小首を傾げる千尋にスタスタと歩み寄ったアシュヴィンはその秀麗な顔を千尋にぐっと近づけた。
「続きって、何か残してる仕事でもあったの?」
「違う。」
「じゃぁ、何?」
「何ってお前だぞ、続きは次の休みにと言ったのは。」
「なんの?」
ここでアシュヴィンは盛大な溜め息をついた。
どうやら愛らしい妻は何一つ覚えていないらしいと気付いたから。
昨日の夜から張り切っていた自分はいったいなんなのか…
「お前が次の休みに続きをと言ったんだ。覚えておいてくれ。」
「だから、なんの話?っていうかアシュヴィン今日は休みなの?」
「ああ。」
「よかった、私も休みなの。」
そう言ってにっこり微笑む千尋はたいそう愛らしい。
愛らしいがだ…
「それはそうだろう。俺がそうしろとリブに命じておいた。」
「へ、アシュヴィンがくれた休みなの?」
「ああ、二人一緒に休みが取れるように調整しろと言っておいたんだ。」
「そうだったんだ。知らなかった。ちょっと嬉しい。」
花が咲いたように微笑む千尋につられるように口元をほころばせたアシュヴィンは、次の瞬間、ハッと我に返ってコホンと咳払いをした。
「アシュヴィン?」
「お前が次の休みに続きをと言ったから、わざわざ休みを作ったんだ。」
「えっとね、だから、なんの続き?」
「この前の休みの時に順序があるとか言っていろいろと俺に回りくどいことをさせてくれただろう、その続きだ。」
「……。」
千尋の視線がアシュヴィンの顔をとらえ、そしてそこから宙を泳いだ。
どうやらアシュヴィンが今言ったことを脳内で吟味しているようだ。
そして数秒後…
「ああああ、あれって、え、続き?」
どうやらようやくアシュヴィンが何を言っているかに気付いたらいしい千尋は顔を真っ赤にして一歩後ろへ身を引いた。
「やっと思い出したか。」
「そ、そのためにわざわざ休み?」
「ああ。ちなみに休みは明日もだ。」
「明日もって…。」
「次の休みに続きをといったのはお前だからな、今更拒否は許さない。」
そう言ってアシュヴィンは千尋を軽々と抱き上げた。
「ちょっ、アシュヴィン!」
慌てて手足をばたつかせながら千尋は顔が真っ赤だ。
「やっ、ちょっ、そういうことは…。」
「順序は守ってるはずだが?」
「そ、それはそうなんだけど…心の準備というかなんというか…。」
「愛の告白、口づけ、ついでに言えば俺達は既に夫婦だ。」
「そう、だね。」
「なら問題ないだろう。」
「……ない、かな……うん。」
耳元で囁くようにそう言われて千尋が湯気さえ上がりそうな赤い顔でうなずくと、アシュヴィンはまるで少年のような顔で嬉しそうに微笑んだ。
こんな顔をしてくれるのならたまには言うなりになるのもいいかもしれない。
そんなことを思いながら千尋がおとなしく横抱きにされたままアシュヴィンに見惚れていると、アシュヴィンは千尋を抱く腕に力を込めてゆっくりと歩き出した。
もし向こうの世界で新婚さんになんかなって、新婚旅行先のホテルなんかに運んでもらえるとしたらこんな感じ?
と千尋が想像していると、アシュヴィンは千尋が予想だにしない場所へと足を運んだ。
そこは、千尋の部屋の窓辺。
「えっと…アシュヴィン?」
「なんだ?」
「そ、外?」
「ああ。」
「えっと……ちょっと聞いていい?」
「なんだ?俺の妃殿は何か不満なのか?」
「そうじゃなくて、どこへ行って何をする気なの?」
「愛しい妃殿と二人で見晴らしのいい場所で順序の続きだ。」
「み、見晴らしぃ?」
千尋の顔からさっと血の気が引いた。
外、しかも見晴らしのいい場所で、順序の続き。
「ちょっ、どういうつもり!」
「………千尋。」
「へ?」
アシュヴィンの顔が急に曇ったので今度は千尋が目を丸くした。
この状況でどうしてアシュヴィンの機嫌が悪くなるのだろう?
「お前、何を考えてる?」
「何って、つ、続き、でしょ?」
「ああ、結婚の次は新婚旅行と聞いたのだが?」
「はい?」
一瞬、千尋の頭の中が真っ白になった。
新婚旅行、そんなものがこの世界にあるのだろうか?
いやあるはずがない。
なら、どうしてそんな単語がこの人の口から飛び出したのだろう?
「違うのか?結婚の次は新婚旅行とかいう物見遊山なのだろう?」
「も、物見遊山……はちょっと違うような…。」
「なんだ、違うのか?」
「えっと、確かに結婚の次は新婚旅行で、新婚旅行って言うのは夫婦二人で行く初めての旅で、それは楽しい思い出作り、なんだけど…。」
「なら間違いないな。」
そういうとアシュヴィンの機嫌はすぐに直って、あっという間に目の前に黒麒麟が現れた。
「へ、い、今から新婚旅行?」
「続きだと言っただろう?」
そう言って微笑むアシュヴィンはなんだかとても爽やかに微笑んでいて、心の底から嬉しそうだ。
だから千尋も黙ってアシュヴィンに抱かれたまま黒麒麟に乗って空へ舞い上がることになったのだけれど…
どうしても気になることが一つだけあった。
新婚旅行はいったい、どうしてアシュヴィンの知識に取り入れられたのだろうか?
青い空の下を駆けながら、千尋はアシュヴィンの顔をまじまじと見つめた。
「ねぇ、アシュヴィン。」
「なんだ?」
「その、新婚旅行って常世の風習じゃないよね?」
「ないな。」
「どうしてそんなことしようと思ったの?」
「それは……。」
説明しようとしたアシュヴィンの表情がさっと翳った。
何やらとても嫌なことを思い出したらしい。
「先日、風早が来た…。」
「え、そうなの?私会わなかったよ。」
「だろうな、あれは絶対俺に嫌がらせをしに来たんだ。」
「まさか。」
そう言って腕の中の千尋はクスクスと笑っているが、アシュヴィンはそんな千尋を見つめながら心の中で「間違いなく嫌がらせだ」とつぶやいていた。
千尋ではなく、自分に会いに来る風早は絶対に嫌がらせに来ているのだとアシュヴィンは信じて疑わない。
「でだ、お前の育った世界では結婚するとすぐ新婚旅行という物見遊山に出かけると聞いた。だから、お前が順序だのなんだのとうるさくいっていたのはその新婚旅行とやらに連れて行っていないのが不満なのかと思ったんだが?」
「ああ、風早が話したんだ、新婚旅行のこと。」
「結納だの結婚指輪だのお前の育った世界にはやたらと面倒な儀式があるらしいが、残念ながら俺達はもう結婚してしまっている。だから結婚してからできることをやってやろうといってるんだ。」
「そうだったんだ、急に新婚旅行なんて言い出すからびっくりしちゃった。でも、嬉しい、有難うアシュヴィン。」
そう言って千尋はアシュヴィンの頬に口づけた。
新婚旅行を企画してくれた旦那様に感謝のキス。
ニコニコと機嫌よさそうに微笑む千尋にアシュヴィンはニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せた。
そんなにほっぺにチュが嬉しかったのかと千尋が小首を傾げると、アシュヴィンはその唇を千尋の耳へと寄せた。
「驚いたということは、俺の妃殿がさきほど承諾した順序の続きは新婚旅行ではなかったということだな。」
「へ?」
「さて、俺の愛しい妻は何を想像して承諾したんだ?」
低い声でそう囁かれて千尋は絶句したまま顔を真っ赤に染めてフリーズしてしまった。
まさかそんなことを追求されるとは…
「まぁ答えなくてもいい。お前が想像していたことは新婚旅行でもできることだろう?」
「は?へ?あ?」
「変な声を出すな。妃殿の望みとあれば喜んでかなえるぜ?せっかく二人きりになれる景色の美しい場所を用意したのだし、一晩は泊まるつもりだからな。」
「いや、えっと、あの……。」
「今更拒否はなしだ。」
そう言ってニヤリと笑うアシュヴィンに千尋はもう何もいえなかった。
風早の話を聞いて新婚旅行まで企画してくれた優しい人。
そんな優しい夫と一夜を過ごすことになんの問題があるだろう。
今まで待ってくれたことも順序を踏んでくれたこともみんなアシュヴィンの優しさ。
そんな優しい人だから…
千尋は「うん」と小さな声で返事をして、アシュヴィンの首に抱きついた。
「やけに素直だな。」
「いけない?」
「いいや。」
アシュヴィンは千尋の唇に軽く口づけると、その小さな体を抱きしめて微笑んだ。
その笑顔はいつものアシュヴィンからは考えられないほど幸せそうに見えて、千尋は思わず見惚れてしまった。
いつも厳しそうな顔をしている人。
笑っている時もどこか目が笑ってはいない人。
そんな人にこんなふうに幸せそうに笑ってもらえるのなら、やっぱり結婚してこんなふうに二人で過ごせてよかった。
心からそう思えるから。
千尋もその顔に幸せいっぱいだと言わんばかりの笑みを浮かべて、アシュヴィンに抱かれるまま空の旅を楽しんだ。
到着したのは小高い丘に作られた小さな小屋。
たぶんそれはアシュヴィンがこの「新婚旅行」のためにわざわざ用意してくれたもので、警備も遠巻きに少数が配置されているだけだった。
眺めのいいその小屋で、千尋は大切な人との大切な時間をゆっくり噛み締めた。
管理人のひとりごと
ハイ、千尋ちゃんとの甘い一夜ゲット第一号は殿下でした(’’)(マテ
裏書く気はないんで、どんな一夜かはご想像にお任せします♪(コラ
やっぱね、殿下は黙ってないだろうなと(オイオイ
結婚してるのに妻に手を出さない殿下なんて殿下じゃない!と管理人は思ったのですれすれで一本(’’)
風早父さんより先にゲットするとはさすが殿下と(爆)
ここから先は夫婦の痴話喧嘩話が増えそうな、そんな予感がします(’’)
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