
千尋は午前中の政務を終えてほっと一息、窓から外を眺めていた。
窓の外は綺麗な青空。
天気もいいし、平和なことこの上ない。
遠くに見えるは緑と花に囲まれた美しい常世だ。
この世界を手に入れるために苦労したこともつらいこともたくさんあったけれど、でも、こんなに平和で穏やかな時を迎えることができた。
それに、大好きな人と一緒にいることもできる。
そこまで考えて、千尋ははっとしたように目を見開くとすぐに小さく溜め息をついた。
大好きな人と一緒にいられる……はずだったのだけれど…
その大好きな旦那様、常世の皇であるアシュヴィンはというとここ3日ほど顔さえ見ていない。
もちろん、膨大な量の政務に追われていることは間違いなく、それ以外にも軍の訓練を見回ったり、常世の隅々まで視察に行ったりと忙しい身だ。
それでも何かと時間を見つけては千尋の相手をしてくれてはいるのだが、ここ3日はそんな時間さえとれないようだった。
二人の時間を作ることに関しては千尋よりもよほど色々苦労してくれているアシュヴィンのことだから、今回は本当にとても忙しいのだろう。
そう思えば、簡単に会いたいと言うこともできない。
千尋は深い溜め息をついた。
どうしても会いたいのなら自分から会いに行くという手もあるのだが、確か、午後からは自分の方に使者との謁見が予定されていたはずだ。
これでは千尋の方から会いに行くという選択肢もない。
もちろん、ここ3日は千尋もこんなふうに忙しくて会えなかったわけだが…
会えないとなると会いたい気持ちは募って、千尋が黒麒麟か白麒麟がおつかいに行ってくれないだろうか?などと考え始めたその時、いきなり部屋の扉がけたたましい音をたてて開けられた。
驚いて振り向いた千尋は扉を開けた主を確認して目を大きく見開いた。
そう、そこに立っていたのはたった今、千尋が会いたいと思っていた人。
アシュヴィンだ。
千尋は瞬時にその顔に花が咲いたような笑みを浮かべた。
「アシュヴィン!どうした……の?」
千尋は言葉の途中で物凄い勢いで歩み寄ってきたアシュヴィンに抱きしめられて、その顔を真っ赤に染めた。
まるで怒っているような真剣な顔で、足音も高らかに歩み寄ったアシュヴィンはそのまま千尋を腕の中に閉じ込めて何も言わない。
「アシュヴィン?仕事、いいの?」
顔を赤くしながら千尋がそう尋ねると、アシュヴィンはその問いに言葉では答えなかった。
ゆっくりとアシュヴィンの手が千尋の頤に添えられて、千尋の顔が自然と上を向く。
するとそのまま何やら思いつめたらしい表情のアシュヴィンに唇を奪われてしまった。
いつもの優しい穏やかな口づけとは違って、アシュヴィンの手は千尋の頭に添えられていて千尋には抵抗すらできない。
しばらくそのまま口づけられて、そろそろ苦しいと千尋がアシュヴィンの胸を押そうとしたその時、やっとアシュヴィンは千尋を解放した。
「はぁ、アシュヴィン!いきなり何するの!」
「いきなり何するのとはご挨拶だな。」
「ご挨拶って……。」
「愛しい妻に3日ぶりに会えたのだ、熱烈な口づけの一つや二つ、贈りたくもなる。」
そういうアシュヴィンの顔は不機嫌そうなことこの上ない。
「俺の薄情な妃殿は久々に会えたと言うのに何をするのとは、よほど夫が疎ましいと見える。」
「なっ!疎ましいわけないでしょ!急だったから驚いただけ!私だって会いたかったんだから!」
「ほぅ。」
「今だって会いたいなぁって思ってたところなんだからっ!」
千尋がムキになってそう言えばアシュヴィンはやっとその顔に笑みを浮かべて、再び千尋を抱き寄せた。
「まったくお前は、予期せぬところでそうやって愛らしさを見せて俺を惑わす。」
「ま、惑わすって……。」
「だからこのまま離したくはなくなるんだ。」
「ちょっと待って、私はこれから謁見が入ってて…。」
「謁見?俺にではなくお前にか?」
「そう。皇じゃなくて私に会いたいんですって。なんでかは知らないけど。」
「そんなもの、かまわんでいい。」
「またそういうことを……。」
「皇ではなく、その妃に取り入って皇に取り次がせようというのだろう。ろくな輩じゃない。」
謁見とはそういう意味での申し込みだったのかと初めて気がついて、千尋はアシュヴィンの腕の中で目を丸くした。
皇の妃になったものの、そういった政治の裏側には詳しくない千尋だ。
純粋なだけにそんなこと考えてもみなかった。
だから、やっぱりアシュヴィンは優秀な皇なんだと改めて実感させられる。
「やっぱりアシュヴィンは凄いね。」
「なんだ、今頃。」
不満そうなアシュヴィンの言葉に千尋はクスッと笑みを漏らした。
「立派な皇だなって思って。」
「当然だ。その立派な皇とやらになるために妃に3日も会えなかったのだからな。せっかく午後から休みがとれたんだ、お前を離す気などないぞ。」
「でも、やっぱり会わないっていうわけにはいかないと思うの。遠方からわざわざ訪ねてきてくれたわけだし。」
たとえ相手の意図がどうであれ、一度会うと約束してしまったのだから全く会わないということはできないと千尋は思う。
約束は約束だ。
話の内容がなんであれ、やっぱり会わないという選択肢はない。
「俺もお前を離すつもりはないぞ。」
「アシュヴィン…。」
「やっと会えたんだ、明日はまた忙しくなる。」
「そうだろうけど…。」
千尋はアシュヴィンの腕の中でうつむいて考え込んでしまった。
アシュヴィンの気持ちはよくわかる。
千尋だってできることならこのまま二人で楽しい一時を過ごしたいと思う。
でも、一国の皇の妃がそんな理由で簡単に他国からの使者との謁見を拒否してしまっていいものだろうか?
よくないに決まっている。
千尋が悩んで深い溜め息をついて、やっぱり謁見には行くと言おうとしたその時、アシュヴィンの方が口を開いた。
「どちらも譲れぬとなれば、とるべき道は一つだな。」
「とるべき道?」
千尋は顔を上げて小首を傾げた。
両方が譲れないと言ってるのにとるべき道があるのだろうか?
千尋が疑問に思っていると、その小さな体がふわりと宙に浮いた。
「あ、アシュヴィン?」
有無を言わせず千尋を横抱きに抱き上げたアシュヴィンは驚く千尋にニヤリと笑って見せた。
「双方共に譲れないと言っているのだから、両方の望みをかなえる方法をとるしかあるまい。」
「どうやって?」
千尋がキョトンとしている間にアシュヴィンはすたすたと歩き出す。
「……何、考えてるの?」
「このままお前が謁見すればいいだろう?そうすれば俺の望みもお前の望みも叶えられる。」
「ちょっと待って!私に会いにきたって言ってるのにアシュヴィンも一緒に会うの?」
「そうだ。」
「でもそんな……。」
「俺は口は出さん。お前と共にいられればそれでいいんだからな。」
どうやっても譲ってくれそうにないアシュヴィンに深い溜め息をついて、千尋はあきらめた。
まぁ、口は出さないと言っているし、一緒に使者に会うくらいはしかたがない。
どうやらあきらめたらしい腕の中の千尋を見て、アシュヴィンは機嫌よさげに微笑を浮かべるのだった。
「では、お疲れ様でした。帰りの道中、お気をつけて。」
そう言って千尋が苦笑しながら会釈をすると、使者は深々と頭を下げて立ち去った。
そして千尋はすぐ側にあるアシュヴィンの顔をにらみつけた。
「アシュヴィン!」
「なんだ?」
「なんだじゃない!離してよ!今日はもう一人使者が来るの!」
「このままでよかろう?今の使者も特に問題はなさそうだったぞ?」
「問題あり!大あり!どうしても離してくれないから時間がなくてしかたなくさっきの使者にはきてもらったけど、次はダメ!離して!」
「断る。」
千尋の必死に抵抗も簡単に無視されて…
始終、上機嫌のアシュヴィンに千尋は深い溜め息をついた。
何故かといえば…
千尋を横抱きに抱いて部屋を出たアシュヴィンは、千尋のために用意された謁見の間へ入ると、千尋のために用意されていた椅子に千尋を抱いたまま座ってしまったのだ。
そしてそのまま千尋がどんなに抵抗しても離してくれることはなく…
つまり、千尋は夫の膝の上に抱かれたまま使者に会うことになった。
もちろん、入ってきた使者が一瞬で凍りついたことは言うまでもない。
途中からは仲がいいと褒めてくれたが、そんなものはお世辞に決まっている。
どこの世界に夫の膝に乗せられて他国の使者を迎える妃があるものか。
「アシュヴィン…。」
「離したくない。」
ギュッと抱きしめられて耳元でそんなことを囁かれたらもう千尋は抵抗することなどできなくて……
結局、使者との約束の時間がやってきて、次の使者が通されてしまった。
「おや、これはまたずいぶんと仲がいいですね。」
入ってきた使者は、そういうとその顔にニコニコと微笑を浮かべた。
驚いたのは千尋とアシュヴィンの方だ。
「風早っ!中つ国からの使者だって聞いてはいたけど、風早がきたの?わざわざ?」
「千尋、その言い方はちょっと傷つきます。せっかく忙しい中、千尋の顔を見にきたのに。」
苦笑しながらそういう風早の顔を見ながら、アシュヴィンは心の中で「嘘つけ」とつぶやいていた。
このニノ姫命の従者は、千尋が常世へ嫁いだ今でも主の心配をしてちょくちょく様子を見にくるのだ。
その頻繁さは、よくそんな暇があるものだとアシュヴィンがあきれるほどだ。
「でも、仲がよさそうなので安心しました。千尋に謁見と申請したはずだったんですが、まさか二人そろってそんなふうに仲よさそうに迎えてくれるとは。」
「よくないの!風早だったからよかったけど、他の使者ともこれじゃもう……。」
顔を真っ赤にしてうつむく千尋をガシッと抱きしめて、アシュヴィンは風早にニヤリと笑って見せる。
ここは風早にいかに千尋を大切にしているかを見せてやらねば。
「俺は千尋と片時も離れたくないのでな。」
「アシュヴィン!」
「でも、千尋は嫌がってるみたいですよ?」
「……。」
ニコニコと笑う風早。
そして、嫌なのか?と言いたげなアシュヴィン。
二人に見つめられて千尋は顔をまっかにすると、うつむいて口を開いた。
「い、嫌ってわけじゃないけど……その…人前はちょっと、恥ずかしいというか……。」
「嫌ではないそうだ。」
勝ち誇るようにアシュヴィンがそう言えば、風早は負けたとばかりに「あはは」と頭をかきながら笑った。
そんな風早の目が本当に笑みをたたえているのを見て、アシュヴィンは内心、ほっと安堵の溜め息をつくのだった。
管理人のひとりごと
そりゃ、麒麟なんで(爆)
一瞬できますから、常世まで(^−^)
しょっちゅう千尋ちゃんの顔を見に来るわけですよ!風早父さんはっ!(マテ
でも、今回はアシュヴィン短編なのでアシュヴィンの勝ち!(笑)
常世は荒廃してたので絶対再興するのが大変。
だから、二人とも忙しくなるんだろうなと思うのです。
二人でゆっくりできる時間は少ないから、その少ない時間はあま〜く過ごしたい!
と、殿下はストレートに言うだろうなと(w
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