あかねは濡れ縁に座って庭に植えられている一本の木を眺めていた。
それは、今年の春に植えられた栗の木だ。
あかねの庭には色々と藤姫が気をきかせて植えた木があるが、その中でこの栗の木は少々小ぶりだった。
というのも、あまり大きな木を移すと、根がつかないことが多いと鷹通が教えてくれたので、あかねが死なせてしまうのはかわいそうだからとあえて小さな木を選んで植えたからだった。
あかねの気遣いが木に届いたものか、栗の木はちゃんとこの庭に根を張ったようで、今では青々とした葉が茂っている。
その様子をあかねは飽きることなく眺めていた。
「また栗を眺めておいでですか?」
仕事から帰り、庭へと直接入ってきた頼久は苦笑しながらあかねの方へと歩み寄った。
苦笑してしまったのは、春に栗の木を植えてからというもの、あかねは毎日のように栗を眺めては微笑んでいたからだ。
「なんだかかわいくって。」
そう言ってニコニコ微笑むあかねの隣に腰を下ろして、頼久もじっと栗の木を見つめた。
その木は周囲の木に囲まれて小さく、もう秋だというのに実をつける気配はない。
「今年は実をつけることはないと思いますが…。」
「今年すぐに実がなってくれればそれはおいしいですし嬉しいですけど、いつか実を実らせてくれる日を想像するのも楽しいですよ?」
あかねの笑顔には一点の曇りもなく、その言葉が本心から出た物だということは明白だ。
それでも、そうとわかっていても、頼久はやはり、栗の木である以上、実をつけてほしかったと思ってしまう。
自分の庭の木に実った栗の実を拾い、喜んで料理するあかねの姿は頼久の脳裏に容易に浮かんでくる。
もちろん、さすがの頼久も植えてすぐ実がなると思っていたわけではない。
わけではないが、それでもやはり喜んで栗を拾い、料理し、食べるあかねの姿が見たかったと思ってしまうのだ。
「頼久さん?」
考え込む頼久の様子に気付いたあかねが覗き込んでみれば、ハッと視線に気付いた頼久が深々と一礼した。
「申し訳ありません、少々考え事を…。」
「そんなに謝らないでください。何を考えてるのかな?って思っただけですから。お仕事で何かあったんですか?」
頼久はここで深い溜め息を一つついた。
せっかくあかねが栗を愛でて楽しそうにしていたというのに、自分の考え事のせいで心配をかけてしまった。
これはなんとしても挽回せねばと更に考え込み、そして頼久はすっくと立ち上がった。
「頼久さん?やっぱりお仕事で何かあったんですか?」
「いいえ、仕事の方は何事もなく。ですが、少々根回しをして参りたいと思います。」
「へ?根回し、ですか?お仕事の?」
「いえ、仕事ではありません。急ぎますのでこれにて。」
「あ、はい、行ってらっしゃい?」
頼久はたいてい、屋敷に戻ってくるとしばらくはあかねの側から離れない。
そんな頼久が仕事でもないのに出かけるというのは珍しい。
だから詳しい話を聞こうと思ったあかねだったが、あまりにも急いでいる様子の頼久を呼び止めることはなんだか気が咎めて、そのまま送り出してしまったのだった。
どうやら仕事で失敗したとか、何か問題が起きたとかいうわけではないようなので一安心ではあるけれど、それでも頼久の行動の意味が全くわからない。
あかねは夕暮れ時、頼久が上機嫌で帰ってくるまで、何故急いで出かけて行ったのか、その理由を考えて過ごすことになるのだった。
管理人のひとりごと
久々だからか、なんだか長くなる予感(^_^;)
ということで、前後編になりました!
秋の味覚で一本って思っただけだったんですけどね。
さ、頼久さん、何を根回ししに行ったんでしょうか?
だいたい予想はつくと思いますが、たぶん賑やかな後編をお待ちください(^^)